贈賞理由
アクシ・ムフティ氏は、パキスタンに生きる有形・無形の文化伝統の収集・保管・記録保存ならびに普及活動を行う「ローク・ヴィルサ(国立民俗伝統遺産研究所)」の創設者であり、パキスタンを代表する民俗文化保存の専門家である。同機関を長年にわたり主導することにより、パキスタン文化の基層を実証的に探求し続け、民俗文化の保存・活用・普及の意義と重要性を同国内はもとより、世界に広く発信した功績は大きい。
ムフティ氏は国内で心理学を学んだ後、留学先のチェコスロバキア(現チェコ)で西洋哲学を研究したが、その過程で母国パキスタンの詩歌、文学、音楽などに何世紀にもおよぶ先人たちの叡智が溢れていると確信する。帰国後、パキスタン国家が政治的なナショナリズムを重視していた折に、文化的ナショナリズムを基盤にすえた自国の将来像を描いて、1974年に「ローク・ヴィルサ」を創設、初代所長を務めて以来、現在まで主導的な役割を果たしてきた。同機関を起点に調査研究や保存活動に尽力する一方、民俗文化に対する国民の意識向上を図るため、多年にわたり民俗音楽番組を制作した。さらには、消滅の危機に瀕する伝統芸能を復興させ、地域の工芸などを育成するため、全国の芸術家・工芸家が一堂に会する民俗文化祭の継続的な開催や、地域発展につながる草の根活動を推進するなど多方面での活躍を続けている。
この間、ムフティ氏は30年余にわたり、膨大かつ地道な民俗調査を展開してきた。とりわけパキスタン奥地山間部や農村部での調査成果は世界的にも貴重な記録となっているほか、工芸品などの収集から情報のデータベース化までの一連の作業は、同国における民俗伝統の全貌を知るうえで重要な資料となっている。
2004年には国立民族伝統遺産博物館を完成させ、現在も同国の国立記念博物館建設プロジェクトの総括責任者を務めるなど、パキスタン国内の文化遺産保存の実践者であり続けている。国際的にも、ユネスコをはじめ数多くの国際文化機関との協働作業を展開し、中央アジア・イスラーム諸国を中心にした民俗文化保存活動の主導者としても知られている。
このように、パキスタンを代表する著名な文化指導者として、民俗文化の保存と発展に尽力するのみならず、国際的なイスラーム文化の保存・活用および普及に大きく貢献してきたムフティ氏の活動は、まさしく「福岡アジア文化賞-芸術・文化賞」にふさわしい。