贈賞理由

アムジャッド・アリ・カーン氏は、インド古典音楽の弦楽器で極めて高度な演奏技術を必要とする「サロード」演奏の巨匠である。インド国内のみならず、国際的にも広く活躍し、高い評価を受けている音楽家である。

カーン氏は、ムガル帝国に仕えた伝説的な宮廷音楽家ターンセーンの楽派に属する音楽一家の6代目で、著名な演奏家である父親、ハーフィズ・アリ・カーン氏の指導のもと、300年余にわたって伝承されてきた古典音楽の技法や形式を忠実に継承している。一方で新たなラーガ(旋法)を創作し、従来のレパートリーに今までにない形態を加え、さらに演奏のスタイルや技巧を改革するなど、サロードの世界に革新的な音楽的生命を吹き込み、同氏独自の音楽文化を築きあげた。

古典音楽が比較的高齢層に支持され、若年層と乖離(かいり)し、伝統の衰退や文化の画一化が危ぶまれる現状を憂い、「古典音楽とポピュラー音楽とは本質的に差はない」という思いから、伝統の継承と発展を意図し、国内外の教育機関でワークショップを行い、世界各地で開催されるワールド・ミュージックの祭典WOMAD(ウォーマッド)に参加するなど、若い世代にも古典音楽の理解を深めるための積極的な努力を続ける同氏の活動は、サロード音楽に広範な支持者の層を拡げるという大きな成果をもたらした。

カーン氏は、「音楽はあらゆるものを超える」という信念のもと、1981年にインド-パキスタン間の25年に及ぶ文化的断交を打破するために、パキスタンでインドの音楽家として初めて演奏し、両国間の文化交流の糸口を開いた。そのほか長年にわたり障害児支援活動などを積極的に行い、ユニセフ親善大使に任じられるなど、音楽を通して果たした社会的役割も大きい。

アメリカのカーネギーホール、イギリスのロイヤル・フェスティバル・ホール、日本のサントリーホールなど、世界に名だたるホールでコンサートを行うなど、世界各地で多くの聴衆を魅了している。

カーン氏は時代を超える豊かな音楽を紡ぎだすその音楽性と、音楽に対する信念と情熱をもって、インド古典音楽の継承と発展に大きく貢献し、アジアの音楽とその精神を世界的に広く伝えている。その功績は、「福岡アジア文化賞―大賞」として真にふさわしい。