- 開催日時
- 2025年9月16日(火)18:30~20:00
- 会場等
- 福岡市民ホール 中ホール(中央区天神)(外部リンク)
歴代受賞者を紹介するオープニング映像、司会の仲間由紀恵さんによる開会宣言とともに、華々しく幕を開けた第35回福岡アジア文化賞授賞式。秋篠宮皇嗣同妃両殿下ご臨席のもと、大賞の高良倉吉氏、学術研究賞のペク・ヨンソ氏、芸術・文化賞のヴォ・チョン・ギア氏と各界関係者、市民の皆さんが一同に介し、式がスタートしました。
主催者を代表して高島宗一郎福岡市長が挨拶し、アジア地域の多様な文化と価値を広く伝える本賞の重要性と受賞者へ心からの祝意を述べ、続いて秋篠宮皇嗣殿下より、お祝いのお言葉を賜りました。
審査委員長を務める石橋達朗九州大学総長による選考経過報告の後、高島市長と谷川浩道福岡よかトピア国際交流財団理事長より、賞状とメダルが授与されました。
福岡市立千早西小学校6年生の代表児童から花束が手渡されると、会場には万雷の拍手が鳴り響き、祝福ムードは最高潮を迎えます。
受賞スピーチでは、それぞれの想いや喜びの声が伝えられ、続くインタビューでは、研究や活動の歩みや思い、今後の抱負が語られました。受賞者のウィットに富んだ話に会場からは時折笑い声が聞こえ、和やかな雰囲気に包まれていました。
フィナーレでは、全国トップクラスの実力を誇る精華女子高等学校吹奏楽部の皆さんが登場。笑顔とエネルギー溢れるパフォーマンスとミュージカル仕立ての演出で観客を魅了し、会場は一体となり盛り上がります。華麗な演奏とともに盛大な拍手が受賞者に贈られ、式は締めくくられました。
秋篠宮皇嗣殿下お言葉
本日、「第35回福岡アジア文化賞」授賞式が開催されるにあたり、大賞を受賞される高良倉吉(たから くらよし)氏、学術研究賞を受賞される白永瑞(ペク・ヨンソ)氏、そして芸術・文化賞を受賞されるヴォ・チョン・ギア氏に心からお祝いを申し上げます。そして本日ご出席の皆様と共に、受賞者それぞれの活動や研究の一端について、この会場でお話を伺うことができますことを誠に嬉しく思います。
「福岡アジア文化賞」は、アジア各地で受け継がれている多様な文化を尊重し、その保存と継承に貢献するとともに、新たな文化・芸術の創造、そしてアジアに関わる学術研究に寄与することを目的として、それらに功績のあった方々を顕彰するために1990年に創設されました。爾来、アジアの文化とその価値を世界に示すにあたり、本賞の果たしてきた役割には誠に大きなものがあります。
私自身、日本国内を旅するとともに、東南アジアを中心に、いくつかのアジアの国々を訪れました。そして、多様な風土や自然環境によって創り出され、長い期間にわたって育まれてきた各地固有の歴史や言語、民俗、芸術など、文化の豊かさと深さに関心を抱いてきました。
それとともに、責重な有形・無形の文化を記録・保存・継承し、さらに発展させていくことの大切さや、新たに創造していくことによる広がり、そして、アジアを深く理解するための学術の重要性を強く感じてまいりました。このことからも、本賞がアジアの文化・芸術の価値、ならびに学術面における成果を伝えていくことは、大変意義深いことと考えます。
その意味において、本日受賞される3名の方々の優れた業績とその意義が、アジアのみならず広く世界に向けて発信されることを願います。そして、国際社会全体でそれらを共有することは、人類の貴重な財産の蓄積につながることと思います。
おわりに、受賞される皆様に改めてお祝いの意を表しますとともに、この「福岡アジア文化賞」を通じて、アジアに対する理解、そして国際社会の平和と友好が促進されることを祈念し、授賞式に寄せる言葉といたします。
大賞受賞者 | 高良倉吉
受賞コメント
今日、この場に居て、福岡アジア文化賞を戴くことになるとは、夢にも思いませんでした。選考の任に当たられた皆さんに、深く感謝申し上げます。
沖縄は、亜熱帯の豊かな自然に恵まれているだけではなく、悲惨な戦争を体験し、そして、困難な基地問題を抱える地域として語られています。そのイメージに加えて、沖縄には、450年に及ぶ「琉球王国」の歴史が横たわっていると、私は力説してきました。アジアの国々と活発に交流し、独自の文化を形成したことを、再認識すべきだと訴えてきました。
「琉球王国」の象徴が首里城です。戦争で失われた首里城を、多くの専門家や技術者、職人たちと力を合わせ、その復元に取り組んできました。過去のためではなく、未来の沖縄のために、首里城は不可欠な存在だ、と確信したからです。
ありがとうございます。今回の受賞を励みにしたいと思います。
授賞式インタビュー
インタビューでは、首里城正殿復元までの道のりを振り返りました。当初は史料が極端に少なく、琉球王国時代の姿を忠実に再現することは困難だったと言います。しかし、調査を続ける中で、玉座「御差床(うさすか)」の詳細な図面を発見し、関係者一同で万歳して喜んだというエピソードで会場を沸かせました。また、漆喰などの技術を持つ職人が沖縄にいたことも、復元を後押しした奇跡だったと語ります。
高良氏は、首里城全体の復元にはあと10年はかかる、体力の続く限りこの取組みを続け、人生の全てを首里城に捧げたいと、強い決意を述べました。
学術研究賞受賞者 | 白 永 瑞(ペク・ヨンソ)
受賞コメント
1990年代初頭以来、三十余年にわたり、東アジア全体を視野に収め、諸国家と社会を「変化する歴史」の中で相対化し、それがいかに相互に連動してきたかを説明する枠組みを模索してまいりました。東アジアをひとつの単位とした歴史的感受性と認識を広げていく過程において、和解と平和の東アジアが生成されることを期待してきたからです。その道を歩む中で、東アジアの知識人との交流と連帯に力を尽くしてまいりました。
いま私たちは複合的な危機に直面する、不安定性の時代のただなかにあります。相互嫌悪感情の拡散も、その憂慮すべき現象の一部でありましょう。まさにこのような局面において本賞を賜ったことは、東アジアに生きる人びとの共生の道を探求する営みこそ、現代にいっそう必要であるという支持と激励に他ならないと受けとめております。この道をともに歩むとき、共生の道、代替的な文明へと至る歩みが、よりいっそう軽やかなものとなると信じます。
私たちが恩恵によって結ばれた縁の世界に生きていることを改めて思い起こし、その恩を感じ、知り、報いることの重要さを深く痛感いたします。ありがとうございました。
授賞式インタビュー
東アジアにおける平和への期待について語り、「人間同士はもちろん、すべての事物が縁で結ばれている」という東アジアの知恵を再び活性化させることが重要だと説きました。そして、若者たちの志の中に「希望の光を見た」と語り、共生の道を探求していくことの重要性を訴えました。
芸術・文化賞受賞者 | ヴォ・チョン・ギア
受賞コメント
福岡アジア文化賞をいただき、心から光栄に思い、深く感動しております。
この賞は、私一人の成果ではなく、これまでの歩みを思い出させてくれるものです。今日の成果は、日本政府の奨学金で日本に留学した十年間のおかげです。その間、すばらしい先生方と出会い、すばらしい教育を受け、そして豊かな文化の中で学ぶことができました。
日本の建築は本当に美しく、多くの日本の建築家がプリツカー賞を受賞しています。その精神と創造力は、私の情熱と夢を育ててくれました。
福岡アジア文化賞に、そして日本に、心から感謝いたします。ありがとうございました。
授賞式インタビュー
インタビューでは、日本で建築だけでなく、環境や構造設計、さらには流体力学の修士論文を執筆するなど幅広く学んだ経験が、ベトナムでの「環境に優しい建築」に活かされていると明かしました。竹などの自然素材で大きな空間を創り出す技術や、日本の仕事に対する精神もベトナムに持ち帰ったと語りました。
ギア氏にとって建築とは、単に人が住むための器ではなく、人と自然をつなげるものであり、伝統と文化を時間をかけて作っていく重要なものであると言います。そのモチベーションの原点は、電気がなかった故郷での「気候風土に調和し、自然と共生する暮らし」の記憶と、インターネット社会で希薄になった「人と人、人と自然のつながりを取り戻したい」という強い思いにあると語りました。