贈賞理由

ラーマチャンドラ・グハ氏は、インドを代表する歴史家である。民衆の側に立った「環境史」の地平を切り開くことによって、インドのみならず国際的にも高く評価されるようになった。さらに、2007年に出版した『インド現代史』において、独立後のインドにおける民主主義の実像を生き生きと描き出した。同書は大部の著作であるにもかかわらず広範に読まれ、その業績によって氏は歴史家としての地歩を不動のものとした。

グハ氏は、1958年インドのヒマラヤ山麓にあるデーラ・ドゥーンに生まれた。父は、この地の森林調査研究所に勤める研究者であった。デリー大学で修士号(経済学)を取得後、コルカタにあるインド経営研究所で博士号(社会学)を取得した。この学位論文が、出世作となる『The Unquiet Woods(鳴動する森林)』(1989年)に結実した。同書は、インド・ヒマラヤにおける森林破壊への民衆による抵抗運動を英領期にまで遡って描いた歴史社会学的な著作であり、インド環境史の先駆的な著作として注目された。その後、優れた共著者(M・ガドギル氏)を得て、『This Fissured Land(このひび割れた大地)』(1992年)や『Ecology and Equity(生態環境と公正)』(1995年)などの著作を出版し、同国における環境史および環境思想の分野の研究や議論の隆盛を導いた。さらに、『Environmentalism(環境主義)』(2000年)では、インドを超えて世界の環境運動および環境思想の歴史的展開を、発展途上国の民衆という視角も加えつつ描き出した。

グハ氏が開拓した分野は「環境史」にとどまらない。なかでもクリケットの歴史に関する著作では、もともと旧宗主国イギリスのスポーツであったクリケットが、どのようにしてインドの国民的スポーツとして定着したのかが描き出されている。カーストやナショナリズムといったインド近代史の重要なテーマと重ね合わせられつつ、クリケットに関わった人々の姿が活写され、インド社会史の著作として傑出した作品である。

そして、歴史家としての実力を真に示すことになったのは、『インド現代史』の出版である。今日のインドは、著しい経済成長のみならず「世界最大の民主主義国」として注目されている。大国インドが言語、民族、宗教、カーストなどさまざまな意味で多様性を抱えながらも、なぜ民主主義的な体制の下で秩序を保つことができているのか、同書はまさにその謎を解くカギを与えてくれる。氏は膨大な資料を駆使しながら、大陸的規模の国の現代史を、政治、経済、外交、文化などの諸側面から洞察しバランス良く描ききった。独立後インドの複雑な歴史を極めて明解な筆致で描き、インド現代史の理解に大いに資するものとして、国際的にも高い評価を得ている。

現在のグローバル化の中で多元化し混迷する世界において、インド現代史の経験こそ私たちに教訓と希望を与えてくれる光明の一つであり、その語り部であるグハ氏は、「福岡アジア文化賞 学術研究賞」にまさにふさわしい。

2014年度イェール大学の名誉博士号授与式にて、ご夫人と
2015年国連大学での対談(東京)

ラーマチャンドラ・グハ氏からのビデオメッセージ