2021年(第31回)福岡アジア文化賞授賞式
開催日時
2021年9月29日(水)/18:30~19:15
会場等
オンライン配信(YouTubeライブ配信)

 プロジェクションマッピングと連動した華やかなオープニング映像で、壮大に幕を開けた福岡アジア文化賞授賞式。昨年の延期を経て開催された今年の授賞式は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため関係者のみで執り行い、海外受賞者は自国からオンライン出席となりました。その様子はライブ配信され、秋篠宮皇嗣同妃両殿下を始め、国内外の多くの方々にご視聴いただきました。

 式典では、まず初めに受賞者の紹介があり、大賞のパラグミ・サイナート氏と芸術・文化賞のプラープダー・ユン氏がスクリーン上、学術研究賞の岸本美緒氏が会場ステージに登場。アジア文化の保存と創造に貢献した3名が勢揃いすると、会場は祝福の拍手で包まれました。

 次に主催者を代表して髙島宗一郎福岡市長が挨拶。「多様性がより重視されるこれからの時代において、アジア地域の多様な文化と価値を広く伝える福岡アジア文化賞の役割は、これまで以上に重要なものとなっていく」と述べました。

 続いて秋篠宮皇嗣殿下より、ビデオメッセージでお祝いのおことばを賜りました。

 受賞者の輝かしい功績が映像で紹介された後は、髙島市長と谷川浩道福岡よかトピア国際交流財団理事長より、賞状とメダルが授与されました。サイナート氏及びプラープダー氏にはスクリーン越しに、岸本氏にはステージ上での贈呈となりました。
 
 続いて受賞者スピーチでは、各々が視聴者に向けて感謝の言葉と素晴らしいメッセージをおくり、インタビューでは、和やかな雰囲気の中、受賞者の熱い想いや人柄が感じられるエピソードなどが語られました。

 最後に改めて受賞者がスクリーンとステージに登場。関係者や多くの視聴者に見守られる中、花束が贈呈されました。オンラインという新しい形で国内外へ届けられた第31回福岡アジア文化賞授賞式は、会場に華々しく紙吹雪が舞う中、感動のうちに幕を閉じました。

プロジェクションマッピングを用いたオープニング
受賞者登壇
髙島市長による主催者代表挨拶
受賞者の功績紹介の様子

秋篠宮皇嗣殿下おことば

秋篠宮皇嗣殿下のおことば
授賞式をオンラインでご視聴される秋篠宮皇嗣同妃両殿下(秋篠宮邸にて)

 このたび、第31回福岡アジア文化賞において、大賞を受賞されるパラグミ・サイナート氏、学術研究賞を受賞される岸本美緒氏、そして芸術・文化賞を受賞されるプラープダー・ユン氏に心からお祝いを申し上げます。

 昨年は、COVID-19の感染拡大により授賞式が延期になり、このたびオンラインを活用して31回目の式典が行われ、皆様にご挨拶できますことを誠に嬉しく思います。
 ただ、第15回より毎年出席をし、受賞者からそれぞれの活動や研究について直接お話を伺うことは、私にとりまして貴重な機会でありましたので、本年受賞される皆様にお目に掛かれないことは誠に残念な思いです。この困難な状況が収束し、皆様を日本に、そして福岡にお迎えできる日が来ることを切に願っております。

 「福岡アジア文化賞」は、古くからアジア各地で受け継がれている多様な文化を尊重し、その保存と継承に貢献するとともに、新たな文化の創造、そしてアジアに関わる学術研究に寄与することを目的として、それらに功績のあった方々を顕彰するために創設されました。爾来、アジアの文化とその価値を世界に示していく上で、顕著な役割を果たしてこられました。これまでの輝かしい受賞者の中には、アジア地域に限らず、世界各地で活躍されている方が多くおられることは、皆様がご存じのことと思います。

 私自身、アジアの国々をたびたび訪れ、多様な風土や自然環境が創り出し、長い期間にわたって育まれてきた各地固有の歴史や言語、民俗、芸術など、文化の深さや豊かさに関心を持ち、それらの保存・継承、更なる発展の大切さと、アジアを深く理解するための学術の重要性を強く感じてまいりました。また、人と人との直接的な交流が制限されているこの時期において、本賞がアジアの文化の価値とそれらについての学術的な側面を伝えていくことは、大変意義の深いことと考えます。

 その意味でも、本日受賞される3名の方々の優れた業績は、広く世界に向けてその意義を示し、また社会全体でこれらを共有することによって、次の世代へと引き継ぐ人類の貴重な財産になりましょう。

 終わりに、授賞式の開催に向けて尽力された皆様に敬意を表しますとともに、この福岡アジア文化賞を通じて、アジア諸地域に対する理解、そして国際社会の平和と友好がいっそう促進されていくことを祈念し、授賞式に寄せる言葉といたします。

各受賞者への贈賞

大賞受賞者によるスピーチ

 困難な中で取材を続けるジャーナリスト仲間に捧げる

 私が知っている中で最も権威ある賞の一つである福岡アジア文化賞の大賞を受賞できたことは、私にとって非常に誇らしい瞬間です。私にとってこの受賞は、ジャーナリズムやメディアが果たすことができる、そして果たすべき社会的な役割を証明するものです。

 新型コロナウイルス感染症拡大が続く今日、人々は今まで以上にジャーナリズムを必要としていますが、残念ながらメディアは人々の期待に全く応えていません。商業的なメディア企業は数万人ものジャーナリストやメディア関係者を解雇し、いつものように人々よりも利益ばかりを追い求めています。恵まれない人々の健康や暮らしに何が起こっているのか、正確で規則的な報道がなされないために、噂話や間違った情報が世界を支配しています。そのため、私のようなジャーナリストに福岡アジア文化賞の大賞が贈られることは、株主のためではなく人々のために、企業のためではなく地域のために奉仕することへの正当性の証だと考えています。

 この賞は私にとって本当に大切なものです。この賞をジャーナリストの仲間たちに捧げられることを誇りに思います。私の仲間たちは計り知れない困難に立ち向かいながらも、パンデミックで壊滅的な被害を受けた何百万人もの農村の人々を取材し、人々の物語を伝え続けています。特に PARI(農村インド民衆文書館)の同僚たちは、移民や労働者、農民を始め、土地を持たない人々、アーティスト、職人、漁師、そして貧しい人々の立場から報道を続けています。世界中の農村が衰退していく光景を目の当たりにする中、彼らは私に希望を与えてくれます。

 このような栄誉を与えてくださった福岡市の皆様と福岡市に、心から感謝を申し上げます。ありがとうございます。

学術研究賞受賞者によるスピーチ

 ダイナミックな世界に魅かれ続けてきた歴史研究が未来に役立つことを願って

 このたびは、とてもスケールの大きな素晴らしい活動をしていらっしゃるお二人とともに福岡アジア文化賞という素晴らしい賞をいただくことができまして、驚くとともに大変光栄に存じております。古来、アジア諸地域との深い関係を持ってきた福岡というこの地において、このような大きな意義を持つ賞を創設し、育ててこられた皆様、そしてそれを支えておられる福岡市民の皆様に、心より感謝と敬意を表したいと思います。

 私は子どもの頃から中国の文化や歴史のダイナミックな状況に非常に魅力を感じており、割合自然に中国史研究の道に入りましたが、本来それほど大きなビジョンがあったわけではなく、ただ、数百年前の大変動の時代に生きた普通の人々の不安や希望、喜びや悲しみを身近に感じられることのわくわく感にひきつけられて、こつこつとこれまで研究を続けてまいりました。しかしその中で、世界各地の同業者の方々、さらに日本史、西洋史や人文社会科学の様々な分野の研究者の方々と交流する機会を与えていただき、自分が勉強してきたことが思いがけない大きな世界的な広がりや、今日とのつながりを持つことがだんだんとわかってまいりました。

 16 世紀・17 世紀の世界に生きてきた人々に比べて、今日の私たちは、外国の社会や文化について格段に広い知識を持っています。しかし、先の見えない大きな変動期に際し、不安や希望を抱きながら手探りで未来を作っていくという点については同じです。人間社会の経験を跡付けてゆく歴史研究というものが、ささやかながらそのためにお役に立つことを念願しつつ、感謝の言葉としたいと思います。どうもありがとうございました。

芸術・文化賞受賞者によるスピーチ

 

 イマジネーションで若者たちに励ましと希望を

 福岡アジア文化賞芸術・文化賞をいただくにあたり、心から感謝申し上げます。私の創作活動を認め、また長年の取組が正しかったのだと思わせてくださったことを、大変ありがたく光栄に思います。今回の受賞は、これまで私の作品に価値を見いだしてくださった多くの方々の支えなくしては、成し得なかったことです。私の作品に心を留めてくださったすべての方々のお陰です。また、私より遥かに卓越した岸本先生やサイナート様とともにこの場に立てることも、大きな栄誉であり喜びです。そして、私を支えてくれる最愛の家族にも心から感謝しています。

 まだ子どもであった私が芸術に興味を持ったころ、周りはクリエイティビティ(創造力)には否定的でした。絵を描くこと、映画を見ること、小説やコミック本が好きなことを後ろめたく感じさせられたものでした。ですから当時、創造すること・思い描くことには価値があると思わせてくれる大人が一人か二人でもいてくれたことは、この上なく意味のあることでした。「君には才能がある」「いいアーティストになる」 と言ってくれた先生たちのことを決して忘れることはありません。今の私があるのは、そのような大人が希望をくれたからです。このような自らの経験があるからこそ、作品を通して特に若者に語りかけること、問題を抱えて疑心暗鬼になっている若い心にどうにかして希望を届けることを、常に大切にしてきました。

 この賞を私の国、日本、そして世界中の若者に捧げます。イマジネーション(思い描く力)は、現実を作る設計図だと私は確信しています。ですから、若者たちに励ましを贈りたいと思います。そしてより良き未来を思い描くことを諦めないでほしいと言いたい。希望はあるのです。

受賞者インタビュー

質問:歴史学を修めたのち、ジャーナリズムの道に進んだのはなぜですか。

サイナート氏:歴史を学ぶことは私自身と私が実践しているジャーナリズムに最も不可欠な要素の一つです。インドの独立闘争の歴史を見ても、ガンディーをはじめ偉大な運動家の多くがジャーナリストとしても活動していました。独立闘争と報道は密接に絡み合っていたため、歴史学修士号を取った後、ジャーナリズムの道へ進むことはとても論理的なことだと考えました。

質問:PARI の活動と役割についてお聞かせください。

サイナート氏:現在世界中で、農村が社会から取り残されています。インドでは人口の 69%が農村部に住んでいるにもかかわらず、農村部に関する記事は日刊紙の一面では、わずか 0.67%しかありません。この結果、インドの若い世代は自分の国のことをよく知らない外国人として育ってしまうのです。PARI はこの問題と向き合い、解決するために存在しています。今日 PARI はインドの農村に関する知識の宝庫であり、農村と学生たちや都市部に住む人々との繋がりをもう一度作ろうとしているのです。

質問:あなたの活動の原動力は何ですか。

サイナート氏:インドは独立から 75 年目を迎えますが、インドの独立と自由をめぐる最大級の戦いがインドの農村で繰り広げられたことはあまり知られていません。インドの農村は植民地支配に最も強く抵抗した場所だったのです。

質問:岸本さんが感じる中国の文化や歴史の魅力とはどのようなものですか。

岸本氏:一つ一つの字が感覚に訴えてくる漢字が力強いリズムで一つの文章になっていく漢文に、子どもの頃から魅力を感じておりました。また、たとえば中国古代の歴史書「史記」に出てくる強烈な個性を持つ魅力的な人々が、広い世界でお互いにぶつかり合ったり結び合ったりしながら歴史が作られていくところにも惹かれます。

質問:なぜ、皇帝や英雄ではなく、普通の人々にスポットを当てて研究されてきたのでしょう。

岸本氏:やはり身近に共感をもって感じられるのは、普通の人々の希望や不安といった思いです。流動性が高い中国社会の中で、一人ひとりの庶民がより良い生活を求めて試行錯誤しながら一生懸命生き、彼らの行動が寄り集まってやがて大きな歴史を動かしていく有様を、自分の言葉で表現してみたいと思ったわけです。

質問:私たちがこの時代を生きていくために、歴史から学ぶことは何でしょうか。

岸本氏:過去の世界の多様なあり方について、一定の知識と感覚を身につけることによって今後の私たちの選択が安定したバランスのとれたものになると思います。歴史は過去の人類の経験が作り上げた地図のようであり、その中で私たちがどこにいるのかを知ることは、今後の選択の役に立つのではないかと思っております。

質問:スピーチにあった「大人がくれた希望」とは、具体的にどのようなものでしたか。

プラープダー氏:10 歳くらいの頃の出来事です。絵を描く授業で、私は空や草や木などを普通は使わない色で描きました。それを見た先生はクラスのみんなに見せて、「これはクリエイティビティ(創造力)を使って描いた作品だよ」と言ったのです。今でも忘れられない出来事で、クリエイティビティを追求していこうという気持ちになった日でした。

質問:幅広い分野で活躍する原動力は何ですか。

プラープダー氏:クリエイティブなことならなんでも興味が湧くし、好奇心がそそられます。何か作りたいという気持ちが湧き上がってきます。これは、日々の決まりきった生活とは違う何かを作りたい、生み出したい、経験したいという衝動ですね。それまでそこになかったものを実際のものにする。これはとても人間らしい衝動だと思います。

質問:現在そしてこれからの未来、創作的な活動にはどんな役割があるでしょうか。

プラープダー氏:先ほどのスピーチでも言ったように、アートは希望を与えることができると思っています。これは今のような時代にはとても重要で、絶望の底から私たちを引き上げる一つの道しるべとなり得ると考えています。