贈賞理由
日本の太鼓音楽はwadaikoあるいはtaikoとして、今や世界どこでも通用する単語となった。林英哲氏は、その新しい創作太鼓音楽の最先端をつねに走り続けてきた音楽家である。日本には伝統的に、佐渡、秩父、八丈島、その他各地に、地域の祭礼・行事と結びついた民俗芸能の太鼓文化がある。氏の功績はそうした伝統的な太鼓を基盤としつつ、身体所作の力強さと美しさを伴う全く新しい舞台芸術として太鼓の表現を飛躍的に発展させたことにある。
「誰が打っても同じ」あるいは「とかく単調」と思われがちな太鼓の音は、実は、バチの種類、打つ箇所、力加減によって極めて多彩な音が出ること、種類の異なる多数の太鼓や鉦、笛を組み合わせれば、さらに表現が広がることを林氏は見事に実証した。また、世界各地のオーケストラ、ジャズの山下洋輔、ギニアのママディ・ケイタ、韓国のサムルノリの金徳洙(福岡アジア文化賞受賞者)など異なるジャンルの音楽家たちとのコラボレーションでも新たな表現を通して日本文化の国際発信に挑んでいる。氏は、それまでなかった独創的な太鼓音楽の様式を築き上げ、さらに現在なお進化し続ける孤高のランナーのような表現者である。
林氏は1970年代初頭からの11年間のグループ活動の後、太鼓ソリストとして本格的に活動を始めた。国内各地で精力的にコンサートに出演し、啓蒙的、慈善的な催しへも積極的に協力してきた。活動50周年を迎えた2021年3月には、サントリーホールで全曲ソロの50周年記念公演第一弾を行い、翌2022年2月には舞踏家の麿赤兒はじめ個性的な共演者を迎えた公演第二弾を開催して大きな話題となった。
一方、海外での活躍も目覚ましい。1984年には水野修孝作曲「交響的変容第3部」の太鼓ソリストとしてニューヨークのカーネギー・ホールでデビューを飾り、以後、北米、南米、ヨーロッパ、中東、アフリカ、アジア各地で演奏活動を繰り広げている。松下功作曲「飛天遊」は、海外のオーケストラとすでに100回以上演奏しているといい、林氏は今や海外で最もよく知られた日本人音楽家の一人となっている。これらの活動が評価されて、1997年に芸術選奨文部大臣賞、2001年に日本伝統文化振興賞、2017年に松尾芸能賞大賞、2021年にはJTS山本邦山記念賞を受賞した。
林氏を単に太鼓奏者と呼ぶことは適切ではない。なぜなら、演奏だけでなく、作曲、舞台の演出にも卓越した手腕を発揮しているからだ。氏は若い頃から美術に造詣が深く、太鼓の打ち手の身体の見せ方、舞台の視覚的デザインや装束には独特のセンスがある。また、2004年に氏自身が創作した「レオナール われに羽賜べ」などは、音楽の枠を超えてドラマ性も併せ持つ、斬新な「音楽劇」の様相を呈している。こうした諸要素を統合した太鼓芸術が、林英哲という表現者が創り出してきた世界なのである。1995年からは「英哲風雲の会」を率い、後進の指導にも力を注いでいる。
このように、林氏は、日本の太鼓音楽の第一人者として、その独創的な表現の追求と完璧なパフォーマンスの実現にたゆまぬ努力と情熱を注いできた。その活動は世界規模である。林英哲氏の貢献はまさに「福岡アジア文化賞 大賞」にふさわしい。