贈賞理由

シャジア・シカンダー氏は、国際的に活躍し高い評価を得ている南アジアを代表する、パキスタン出身の美術家である。ムガル朝の伝統に連なる細密画の世界に、最新のデジタル技術を駆使して、伝統絵画を今を生きる魅力的な造形として蘇らせ、新たな芸術表現を切り開いてきた姿は南アジアの女性アーティストのロールモデルとなり、後に続く世代に道を開き続けている。

シカンダー氏は、1969年、ムガル朝の古都ラホールに生まれた。同地の国立芸術大学で宮廷の伝統を受け継ぐミニアチュール(細密画)を学んだ後、米国に留学、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの修士課程に学び、より現代的な表現法を身につけ、今日的な主題に関心を向けていく。以後、パキスタンやベルリン、ラオスなど世界各地に住みながらその土地の問題に目を向け、近年はニューヨークを拠点に活発な制作活動を続けている。

1997年のホイットニー・ビエンナーレに招待されるなど、90年代にニューヨークの主要な美術館で展示の機会を得て、さらにハーシュホーン美術館(1999年)をはじめ全米各地で個展を開催し、細密画の形式や技法を基盤にしながらも今日的な問題意識を反映した、暗喩に満ちた物語性豊かな作品によって活躍の場を広げていく。2000年代に入ると細密画の世界にデジタル技術を導入したアニメーションなど映像作品に新境地を開き、アイルランド現代美術館(2007年)やビルバオ・グッゲンハイム美術館(2015年)など世界各地で個展を開催、ヴェネチア・ビエンナーレ(2011年、2015年)、イスタンブール・ビエンナーレ(2013年)など欧米、アジア、中東の重要な現代美術展にも招かれ、その旺盛な制作活動と多様な文化が混在する独創的な表現世界が認められ、2003年にニューヨーク市長表彰、2005年にパキスタン政府栄誉賞を受けるなど、国際的な評価を高めた。また、日本でも福岡アジア美術トリエンナーレ2009、東京都現代美術館の「トランスフォーメーション」展(2010年)などに出品し、その名を知られた。

シカンダー氏は、軍事政権下のパキスタンでムスリム女性としての困難を乗り越え、衰退した伝統工芸、土産物とみられていた細密画に取り組んで、そこに現代社会が直面する問題、すなわち政治、民族、宗教、ジェンダー、移民などをめぐる様々な分断の姿と和解への希求を描き出し、ビデオやデジタル・アニメーションなどの現代的な手法も融合した豊かな「ネオ・ミニアチュール(新細密画)」の世界を作り上げた。そのあとには、多くの女性を含む南アジアの細密画家たちが続き、新たな表現世界を形成している。

世界が抱える困難な課題を、南アジアの伝統を踏まえ刷新しつつ、今日的な造形によって暗喩的に描き出し、国際的に高い評価を得るシカンダー氏の表現世界は、アジアの若手作家たちを鼓舞している。このように南アジアの代表的な女性アーティストとして意欲的な活動を続けるシャジア・シカンダー氏は、まさに「福岡アジア文化賞 芸術・文化賞」にふさわしい。
 

受賞決定時のビデオメッセージ

功績紹介動画

授賞式での受賞スピーチ動画

受賞者の写真

祖父、姉弟と、ラホールにて(1981年)
ラホールの国立芸術大学卒業式(1991年)
ホイットニー美術館(2000年)
Medal of Art(国民芸術勲章)(2012年)
ミッドナイト・モーメント、タイムズ・スクエア(2015年)
プリンストン大学にてパブリックアートの設置(2016年)